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2015年6月 2日 (火)

夏から秋にかけては

『捨てる神あれば 拾う神あり』という言葉がある。

 

 

 

「一つのところで認められないからと言ってクヨクヨするな、
君のことを認めてくれるところがきっとある!」
という、慰めの言葉を言う時に、これを使ったりする心跳率

 

 

 

西洋流で言えば、福音書(ルカ伝) 、イエスの言葉に
「家造りらに捨てられた石が、隅のかしら石となった」というのがある。
どちらも、どこで、どのような評価を受けるかは、一概には言うことは出来ない、
という意となる雪纖瘦

 

 

 

魚で、その典型と言えば魚偏に『暑』と書く魚「シイラ」。
全世界の暖かい海で獲れるちょっと大きめの魚。
体長は2メートルほどになる。
夏から秋にかけては、暖流にのって北海道まで北上する。
そのため、ほぼ日本国中でとれるが、日本での評判は今ひとつ。
死体でも何でも食べるところから、
「土佐衛門(死体) を食う」として忌み嫌ったりする地方もある。

 

 

 

頭が大きいくせに中身は空っぽ。
この「シイラ」という名前は、殻だけで身のない籾(もみ)のことを
「粃(しいな)」というが、それをモジッた命名だとか。
ただ、夏の暑いときに美味になるところから『鱪』となったようだ。

 

 

 

この魚、頭でっかちとは言うが、見かけは意外に美しい。
波間に見かけるシイラは七色に輝いて見える。
そんなところから、
スペイン語圏では"Dorado(黄金)" と呼ばれ、崇められているようなところがある。
また、ハワイから南太平洋地域まで"Mahi-mahi" と呼ばれ
これらの地域のレストランでは、
高級魚となって、きれいな皿の上に鎮座している。

 

 

 

同じ魚でも、場所が変われば、こんなにも違う。

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